人生楽しめてる?

前作のブログが続かなかったので好きなことを語ってたら日本一周してしまった人のブログ

うるさい人に注意するやつは常識に毒されてる

人生楽しんでる?って思いはじめたのが社会に出てからで、それまでは真面目に生きることが大正義、その他はクソって思ってました。まじひでえ発想ですがこんなこと考えてるんですから人間恐ろしいものです。

 

突然ですが、大学の授業で大講堂を使ってやってました?僕は広い教室が多い授業もありました。そんなんですから授業中は後ろの方で私語してうるさかった(最近で言うパリピー)奴らが多かったです。授業している講師の声も聞こえない時もありましたし、講師が注意しまくって全く授業進まない時もありました。授業受けていた時一度だけ私語が全く止まらなくて、「お前ら全員俺がやってることが分かってると認識したからもう説明しない」と言って教室から出ていった講師もいました(笑)他にも真面目な教師に限って授業料と時間数を割ったら君たちはこの時間でいくら消費してるという話をしていた方もいました。一回7千円の授業料払ってるんだぞとか言ってましたが、払う価値があるかは僕たち消費者が決めることですので今思うと謎の計算式だったなと思います。

 

これだけ聞くと無法地帯な所で大学生活送っていたんだなと思いますが、一部真面目な人に限って「授業中うるさいから静かにしてほしい」とか「うるさい人に対して罰則を与えてくれ」と授業アンケートに書いてました。僕はそれに対して大いに賛成してました(笑)そりゃうるさい中で授業なんて聴いてたらわからなくなるというのは確実ですしね。

 

でもその時に思ったんですよね。その割に授業中一番前に座っている人はいない点について。それだけ主張してくるなら自分なりにでも対応策を立てているのだろうと思っていましたが、居ても1人居たら珍しいレベルでした。結局言う人も本気で真剣に授業聞いているわけではないのだと思います。中国とか韓国だったら講堂が開く前に並んで、開いたら席の取り合いで前に座るのが当たり前になってるみたいです。それはそれで取り憑かれているようで怖いですが(笑)

 

僕はその点も踏まえて授業がうるさくても前に行って受けるようなやる気はなかったので、授業アンケートは何も書きませんでした。普通本気でこの授業面白いって思ったら前に行って聞くと思いますし、本気で面白いと思ったら周りの雑音なんて気になりません。最終的にやろうと思えば講師に聞けば教えてもらえる訳ですから。でもアンケートでうるさいと書いている人は果たしてそこまでして授業にこだわっていたのか?となるわけです。

 

その辺の人たちは学校というルールがあって、そこに文句を言えば解決してもらえるという発想があるのではないでしょうか?社会でも同じで会社のルール守らなければ会社側から文句を言われて修正させられていく。つまり自分が正しいからお前も同じようにしろってことです。真面目にやってるのが正しい、ルール守る奴が正しいっていうのを正当化しているのでしょう。

 

でも今はそんなルール正しいのでしょうか?個人的にはこういう人はずっと人生のレールから降りずにそのまま進んでいく人だと思います。社会が求められていることが大正義、それ以外は悪みたいな感じです。そうして留年や退学した人に対して自分より劣っていると思って優越感に浸るようなやつです。

 

全くもって自分のことです本当にありがとうございます(^ω^)

 

でもレールから外れているような人に限って、生き生きと自分がしたいことをやってたりするんですよ。そんなもんです。真面目さが必ずしも幸せになるなんてないんです。そうして社会と自分を擦り合わせて丸くなった自分が果たして本気で幸せと思えるのか?僕は擦り合わせまくってしんどくなりました。はっきり生きにくくさを感じました。

 

そうして自分を振り返る。そんな機会をこのブログに与えてもらっています。今だからわかりますが、今までの僕の生き方は自分が無かった生き方でした。常識的に考えて、その通りに行動する。没個性と言われてもおかしいくないと思います。

 

これから毒を抜いて、楽しさを追い求める人になります。ブログももっとわかりやすく書きたいです。もっと趣味全開にかければいいのに…。